8月28日のジャクソンホール講演で、ウォーシュFRB議長は事前の予想を上回るタカ派の姿勢を示しました。この記事では、講演で何が語られたのか、そしてなぜ議長がこのタイミングでタカ派を出したのかを、講演後の金利と株の値動きから読み解きます。
専門用語がいくつか出てきますが、ひとつずつ噛み砕いていきます。
講演は8月28日の金曜日、日本時間の23時からアメリカのジャクソンホール会議で行われました。
FRBはアメリカの中央銀行です。ここが金利を上げるか下げるかで、世界中の株価が動きます。
そして、この講演をきっかけに株価は急落しました。
収録日の8月31日の月曜日、日経平均先物は朝から65,000円を割り込み、64,600円まで下げています。週末の終値は66,000円台でしたから、1,000円以上の下げです。
講演の内容は、事前の予想以上にタカ派だったと受け止められています。タカ派とは「金利を上げる方向に前向き」という意味です。反対に、金利を下げたい姿勢はハト派と呼ばれます。
ただ、私が引っかかったのはタカ派だったという結果のほうではありません。
なぜ彼はここでタカ派を出す必要があったのか。 ここが見えてくると、9月の相場の見え方が変わってきます。
🥾 冒頭は「ハイク」で遊んでいた
講演の滑り出しは、かなりお茶目なものでした。
ウォーシュ議長は、ハイクという単語を3回以上ネタにしています。
コーン元副議長とのハイキングは死の行軍だった。バーナンキ議長とはのんびり散歩だった。さらに講演の構成そのものを、トレイルマップ、つまり登山ルートだと呼びました。
そのうえで「これをフォワードガイダンスとは呼ばないでくれ」と付け加えています。フォワードガイダンスとは、FRBが前もって示す「今後こういう方向で考えていますよ」という指針のことです。
なぜハイクを繰り返したのか。英語のハイク(hike)には、ハイキングのほかに利上げという意味もあるからです。
そこで、自動売買のアルゴリズムがこの単語を利上げと拾って誤作動するのを、わざと誘っているのではないか。そんな見方も出ました。真偽は分かりません。ただ、ここまでやるなら何かしらの意図はあったのだろうと思います。
場を和ませて笑いも取った。それで中身がハト派なら良かったのですが、そうはなりませんでした。
🦅 中身は明確にタカ派だった
ウォーシュ議長が講演で挙げた材料は、次のとおりです。
- インフレはまだ高すぎる
- 労働市場は安定していて、景気も強い
- AI投資を中心に設備投資が非常に強い
- 企業の利益も、お金の貸し借りの市場も強い
- 金融環境はあまり引き締まっていない
最後の「金融環境が引き締まっていない」とは、世の中にお金が回りやすい状態が続いている、という意味です。
今年の設備投資の増加分の半分以上をAI関連が占める、という指摘まで盛り込まれていました。
印象に残ったのは "Inflation remains too high"、インフレは依然として高すぎる、という言葉です。
さらに「状況が必要とするなら行動する用意がある」とも述べています。
「9月に利上げする」と直接言ったわけではありません。
ですが、9月の利上げを正当化する条件をひと通り並べたのです。インフレは高い。景気も労働市場も強い。設備投資はAIを中心に活況だ。だから利上げをしない理由があまりない、という組み立てですね。
FedWatchという、市場が利上げをどれくらい織り込んでいるかを示す指標があります。9月の利上げ確率は講演前が34〜35%。それが一気に60%へ跳ね上がりました。
市場が9月の利上げを本気で織り込みにいった、ということです。
🪞 狙いは「鏡の間」から抜け出すこと
この先は私の考察も含みます。実際は違うかもしれません。
前提として、ウォーシュ議長は株を下げたいわけではないはずです。株価が下がればトランプ政権にとっても困りますし、11月頭には中間選挙が控えています。
だからこそ市場は「利上げは選挙を越えてからだろう」と読んでいて、9月の確率は35%程度にとどまっていました。
それでもタカ派を出さざるを得なかった。その理由は、彼が議長になる前からずっと訴えてきたテーマにあると私は考えています。
FRBの信用を取り戻したい。
ウォーシュ議長は、市場がFRBの言葉ばかりを見ている状況を「鏡の間の問題」と呼び、批判してきました。英語ではホール・オブ・ミラーズ・プロブレムと言います。合わせ鏡のことですね。
この合わせ鏡の構図を順に追うと、こうなります。
- 市場がFRBの指針を見て動く
- その動いた市場をFRBが見て、金融政策を決める
- その政策の指針を見て、また市場が動く
互いに映し合うので、最初にほんの少しズレただけで、そのズレがどんどん膨らんでいきます。政策の判断そのものがおかしくなってしまう。
だから「FRBの次の一手を毎回答え合わせするようなゲームはやめよう」と言っているわけです。経済のデータを見て自分で考えてくれ、という姿勢ですね。
指針をいきなり廃止するという話ではありません。ただ彼自身ははっきり否定的で、是正すべきだと考えている。今回の講演はその延長線上にあります。
📊 だから2年金利が跳ねた
講演後の値動きを追うと、きれいに3つの段階に分かれていました。
| 時間(日本時間) | 受け止め方 | 値動き |
|---|---|---|
| 23時の開始直後 | インフレが高い・金融環境が緩いというトーンでタカ派と受け取られる | 株が一旦売られる |
| 23時半以降 | 講演が終わり中身が読まれる。利上げとは言っていない、AIには相当強気だと受け取られる | 買い戻しが入る |
| 0時半以降 | 金利市場が本格的に中身を読み込み、9月の利上げ確率が急上昇 | 債券売りで2年金利が3シグマ級の暴騰。グロース株・ハイテク・半導体が一斉に売られる |
流れが変わったのは0時半以降です。
金利の市場が中身を本格的に読み込んで、9月の利上げ確率が一気に上がりました。債券が売られ、2年金利は3シグマ級の暴騰です。3シグマとは、統計的にめったに起きない大きさ、という意味ですね。10年金利も、短期ほどではないもののじりじりと上がりました。
そこからグロース株、ハイテク、半導体が一斉に売られています。金利が上がると、将来の成長を先に買われている株ほど売られやすいのです。
ただ、これは悪い金利上昇ではありません。FRBはきちんとインフレを止めるという姿勢が伝わった結果の金利上昇です。
つまり信用回復そのものであり、ウォーシュ議長が狙っていたのはここだと私は見ています。
⚠️ 残る対立軸と、9月のスケジュール
それでも、本当に中間選挙の前に利上げをするのかという点は依然として残ります。市場が身構えているのは、この対立軸があるからです。
もうひとつ、日程の問題もあります。
1週間もすればブラックアウト期間に入ります。FOMC(金融政策を決める会合)の2週間前の土曜日から、FRBの高官は公の場で話せなくなる決まりです。
つまり今の見方を否定する材料が、要人の発言からは出てこなくなります。
市場は明確に利上げへ舵を切ったと見ていて、それを覆すニュースも出てこない。この構図で株価が上値を追うのは、なかなか難しいと思うんですよね。
😌 私が見ている9月相場
決算が終わった後は、日米ともに金利がテーマになる。それを覆すほどの買い材料がない限り厳しい。これはオプション投資ラボ(オプラボ)と株式投資ラボ(カブラボ)の動画でも、以前から話してきたことです。とはいえ底は硬いので、暴落までは心配していませんでした。
そのうえで、今の水準の見方を書いておきます。
終値で65,000円の壁を奪還できていれば、そこまで慌てる必要はありません。ただ、いまは65,000円の200円ほど上下をうろうろしているので、正直きわどいところです。
9月11日のSQに向けて67,000円や68,000円を買っていくのは、9月限では難しいと見ています。SQとは先物やオプションの清算日のことです。
上を強気で買うより、戻ったところはコールを売ったり先物ショートで抑える。そのうえで、底が抜けたときに備えてヘッジを入れておく。私はそういう組み方をしています。
救いは日本株が底堅いことです。半導体やメモリ、AIが底抜けして、SOX(アメリカの半導体株指数)が暴落展開にでもならない限りは崩れにくいと見ています。
ただ上値は重いので、反転したと思ったらすぐ叩かれて戻される展開になりやすい。65,000円から66,000円あたりでうろうろしてくれれば御の字です。65,000円を割ると62,000円まで行ってしまうので、そこだけは警戒しておきたいところです。
今回のタカ派は、株を下げるためではなく、FRBの言葉を「答え合わせの材料」から「データに基づく判断」に戻すための一手だったと私は受け止めています。ブラックアウト期間に入ると新しい材料は出にくくなるので、9月は65,000円を終値で保てるかどうかを落ち着いて見ていくつもりです。
「タカ派と言われてもピンとこなかった」という方がいれば、どこが分かりにくかったのかをX(@J_kumagai)で教えてもらえると嬉しいです。次に書くときの参考にします。